2018年4月5日木曜日

「本当の私に出会う シヴァーナンダヨーガワークショップ in 福岡


ねえさん、事件です。(古い?わかる?)

人生、何が起こるか分からない。ずーっとファンだったタミル映画のスター、スーリャ様に会えてしまいました。次に会うときには彼とご家族にヨーガを教えたい。それとスーリャ様は、就学する機会に恵まれない子供たちを支援するNGOをしていて、2000人くらいの子供たちをサポートしているんだけど、いつかそちらで子供たちの為に何かがしたいです。私。


スーリャ、本当にかっこ良かった。そしてシンプルで飾り気のない、慈愛に満ちた素敵な方でした。ますます大好きになってしまった。

スーリャ様、お忙しい中、こんな疲れ顔の私なんかの為にお時間を作って下さって、本当に本当に本当にありがとうございました!

それはさておき、すっかりご無沙汰しています。新年度が始まりましたがお元気にしていますか?私はついに日本への帰路につきました。東京でワンステップ踏んで、久しぶりの福岡で皆さんにお目にかかります。実践クラスでは、シヴァーナンダヨーガのハタヨーガ部門について詳細な説明をしながら、皆さんに実践していただきます。日頃の疑問を解消したい方、深くヨーガの細部を学びたい方、リフレッシュしたい方、どなたでも気軽にいらして下さいね。

次にいつお邪魔できるか分からないので、九州地方の皆さん、是非会いに来てくださいな。


「本当の私に出会う シヴァーナンダヨーガワークショップ with Sita

日時:2018527日(日) 12:0016:00

会場:Studio Daichi (博多駅から徒歩10分)
https://www.studiodaichi.com/access-contact
参加費:第一部のみ4000円、第二部のみ1500円、第一部~二部通し5000
お申込:rutoponn17@gmail.com までメールにて、参加希望クラス、参加人数、当日連絡の取れるご連絡先を明記してご連絡下さい。



第一部12001430
実践クラス 「はじめてのシヴァーナンダヨーガ(ハタヨーガフォーカス)」150
小さな子供からシニアまで、多くの人に実践されているシヴァーナンダヨーガのシーケンスは、スワミ・ヴィシュヌデーヴァーナンダ師によって現代人にもたらされました。今回はシヴァーナンダヨーガのハタヨーガ部門にフォーカス。 普段何気なく行っている基本的なポーズと呼吸法、リラクゼーションの理念を学びながら、実際に体験してみましょう。初心者からアドヴァンスプラクティショナーまで、どなたでもご参加いただけます。体だけでなく、心にも効くヨーガを暮らしに取り入れてみて下さい。

以下の内容についての解説と実践を含みます。
◆呼吸法について(カパーラバーティの浄化法、アヌロマヴィローマプラーナーヤーマ)
◆太陽礼拝の科学
12の基本のポーズの効能と禁忌事項、ポーズの取り方
     頭立ちのポーズ
     肩立ちのポーズ
     鋤のポーズ
     魚のポーズ
     座位の前屈
     コブラのポーズ
     バッタのポーズ
     弓のポーズ
     ねじりのポーズ
     バランスのポーズ(カラス)
     立位の前屈
     三角のポーズ
◆リラクゼーションの重要性と方法(シャヴァーサナ)


第二部 15001600 座学「インドヨーガの世界」60
そもそもヨーガってなに?なぜヨーガをするの?どうして色んなヨーガがあるの?ヨーガって宗教なの?日本でもすっかり人気となったヨーガですが、まだまだ知らないことが沢山あります。ヨーガに興味のある人、これから始めてみたい人。毎日練習しているけどゴールが見えない人。マニアックな疑問を解決できずにいる人。奥深く美しいヨーガの源流へと旅してみませんか?インドのスワミのもとで長く暮らすシータ先生がガイドします。 



2018年1月1日月曜日

謹賀新年2018!

みなさま、新年あけましておめでとうございます。
昨年も、みなさんには本当にお世話になりました。
遠く離れて会えないみなさんにも、私の勇気をしっかりと支えて頂いてました。
本当に本当にありがとうございます。

2018年も、みなさんにとって、幸多き、学び多き一年になりますように。
私も頑張ろう。


新年の御祝に、何を書こうかな、って思っていたんだけど、昨年からペンディングにしていたことを書こうかな。

ってことで「巷に溢れるヴェーダーンタを探せ!」

昨年も、渡航前に慌てて一人カラオケに通いまくっていたんだけど、

椎名林檎の「ありあまる富」という曲の歌詞の一部をシェアしましょう。


以下引用。


「僕らが手にしている富は見えないよ。
彼らは奪えないし、壊すこともない。
世界は、ただ妬むばかり。
もしも、彼らが君の何かを盗んだとして、
それはくだらない物だよ。
返して貰うまでもない筈。
何故なら、価値は生命に従って付いている。

彼らが手にしている富は買えるんだ。
僕らは数えないし、失くすこともない。
世界は、まだ不幸だってさ。
もしも、君が彼らの言葉に嘆いたとして
それはつまらないことだよ。
なみだ流すまでもない筈。
何故ならいつも、言葉は嘘を孕んでる。」

私たちの真価は何ですか?
私たちの正体は何ですか?
私たちの本質は何ですか?

放っておいてもいずれ死ぬ者同士が殺し合いをしたり、
仮想の価値を上書きしただけの紙っぺらを奪い合ったり、
追いかけても追いかけても逃げていく、
蜃気楼のようなものに縋って縋って纏わり付いて、
それだけで人生を終えるなんて、時間の無駄っていうか、徒労。
存るものにちゃんを気付いて、「存在」を生きられたら、それを幸せというのかな。

昔、知り合いのおばちゃんが私に教えてくれました。

「愛とは、理解と信頼です。」

若かった私は、すごくアホで、蜃気楼を追いかけることが愛だと思ってたからさ。

今にして思う。

この世界を生きるということは、人生を生きるということは、
理解すること、そして安心、すなわち信頼なんだよね。

生命は愛だなあと。

その安心は、何かに依存している価値ではなくて、自らによって明らかな安心、理解の現れだと思います。

巷にいう自己実現という言葉は、その「理解」のことであるべきでしょう。

自分が届いていない何かになることでは無くて、

自分の真価に還ること。

私もね、こうやって、あれこれ書いていますけど、やっぱり言葉には限界があるんですよ。

だって言葉は知性によって操られる道具だからね。

知性の向こうのことは表せないからね。

「言葉はいつも嘘を孕んでる」とは、よく言ったもんだね。

それでも、こうして綴る言葉のひとひらが、知性の向こうに続く、ヘンゼルとグレーテルのパン屑みたいなものになったら、いいなと、思っています。

私は言葉が好きだからさ。
だって、言葉はいつも、儚く、脆く、そして美しいから。

今年もワクワクする一年になるんじゃないかな。

みんなと一緒に、何かをしよう!

その時はどうぞ、私を助けて下さい。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!







2017年12月24日日曜日

メリークリスマス記念!シータマンの大発明と勝手にレコード紹介。

みなさま、大変ご無沙汰でございます。私の「今年のインドはブログ頑張ります!発言破り」も、もはや定例化してまいりました。もう、こればかりはね、しょうがないんですね。自分ではどうにもならないです(笑)。なぜならプライベートタイムが無いからですね(笑)。トータルサレンダーってことで、まあ貴重な修行でございます。

昨年だって、今年だって、書きたいことは山ほどあったんですよ。書きたいこととは、つまり、みんなに「聞いて聞いてっ!」と伝えたいことですね。しかしですよ「今年は~」と一年を振り返ったり、「来年のヴィジョンは~」と計画したり、一切しない・・・というかその暇がない(笑)。もうね、今しか生きてないですね。日本に居たらあり得ないんだけど。なんなんだっ!これはっ!ってなんか面白くて笑える。

でもこれって、なんだか、ある意味、幸せ過ぎることなのかも知れないね。このような人生に本当に感謝しています。

このところは机に向かって英語読んで日本語書いてるんですけど、煮詰まると音楽を流します。もう何が入ってるのだか覚えていないタブレットがランダムに曲を再生してくれて、風呂場で頭洗いながら聞いてたりすると、なんか、心が爽やかにたなびきますよ。

好きな曲を選んで再生している時と違った良さがある。マインドのセッティングの違いでしょうか。名もなき歌だからこその音楽の力があるのを痛感します。世界は美しいなあ、と。

そんな中で凄い発明をしたので、発表。私の法螺貝「ホラオ」君、通称メガコンチにiPhoneを突っ込んで聞くと凄い。サラウンドなんて程遠い、ステレオでもないのに部屋のどこから音が鳴ってるか分からない、不思議な自然空間!


弘美パイセンの法螺貝、プラーナダッタン君が僕も手伝わせてー!と寄り添ってくれました。


座り仕事に備えて、部屋でアーサナしてるときに、発明したの。

周りが騒がしくて集中出来ない時に、音楽を掛ける時があるんだけど、ヨーガの時の長年の定番は、西村虚空先生の「虚鐸」という録音です。

どうしてこれが定番化したかというと、どんな都会のアパートの中にいても、自然がここに再現されるということですね。すごく昔にきっとオープンリールで録音したのかな、多分、リールの回るカタカタ音とか入っちゃってるんだけど、そんなことを軽く飛び越えて自然が再現されます。

とある中国在住のアメリカ人に、このCDを手に入れたいと頼まれたのがきっかけで、始めて知った音源です。



そこにですよ、一昨年、アーサナ時の新たなヘビロテ音源が加わりました。

私のCDを制作して下さった、岡野弘幹さんと三輪福さんの「観音」っ!





昨年を一年通しての一押しだったんですけどね、サイマティクスという音振療法に使う機械があってその音が入っています。アルバムとしては非常に抽象度が高く、思考と言葉以前の意識に働きかける感じが顕著にあります。

「意味」なんて所詮「意味」でしかなくて、そこに普遍性は無いんだけど、やっぱ「意味」を付加しないと知性は何も出来ないんですよね。

「意味」を求めて、あるいは「意味」に振り回されて疲れてしまった人にお薦めしまくりました。あと睡眠の問題を抱える方、パニックアタックなどのある方にも。最初はちょっと聴き辛いかも知れないんだけど、だんだんと大丈夫になって来ます。

ということで、サイマティクス、みんな自分で調べてみましょう、はい。

で、今年リリースされた岡野さんと三輪福さんのコラボ第二弾「the time, now 2017 - 太陽系時空間地図 地球暦 H.C.2017.03.20 -2018.03.20‐」





最近密かに話題の地球暦を知っていますか?

こちらもですね、説明している時間がないので、グーグル先生に聞いて見て下さい。

非常にマニアックなCDです。

私は、はじめ先の「観音」のぶっ飛び感が好きすぎて、この新しいCDは二番手に回ってしまっていたんですが、今回ホラオに iPhone差して聞いてみてやっと分かった!このCDの素晴らしさが。

むむー。

ホラオ、ありがとう!

まずは聴いていただいて、というところなんですが、地球暦の方が、観音よりもダウントゥアースな感じです。時間と空間を感じさせるなあ、と思いながら聞いてたんだけど、後でよく見たらタイトルに「時空間」って入ってましたね。まっすぐ伝わってました。

大きな流れのなかの、小さな営みがキラキラとして、美しかった。喜びというか躍動の美を感じるCDでした。

「虚鐸」が、森で野原で目を閉じて、耳を澄ませて、深く息を吸い込んで、肌で繋がる自然なら、

「the time now, ~」は、大気圏を超えて、俯瞰で地球を眺めているような、大きく捉えた時間の揺らぎみたいなもの。「虚鐸」の自然の背景に流れているもの。生命の誕生と終焉と季節の移ろいと・・・。

流れる雲の映像の早回しみたいに。

「観音」はさらにその向こうに。

どの次元にもそれぞれの美があるけど、私たちが足をつけて歩いているこの世界は、美しいなあ・・・と。

今と、今と、今と、今との連続を

野を駆ける野生の鹿のように、爽やかに生きている。


ということで、もしかしたら、これ、今年最後になっちゃうかも知れないけれど、今日はクリスマスイブということで、トナカイは忙しいんで、もう行きますね。今年のサンタは誰かな?

それでは皆様、素敵なクリスマスをお迎えください!

Facebookで会いましょう!!


Om







2017年8月30日水曜日

熱いぜ、湘南!(横須賀編)

もうすぐ9月。

8月は関東の中でも夏が似合いそうな所に連日お邪魔してきました。この二日間の生徒さんとの接触はですね、非常に大事なことを再認識させてくれましたね。実に深い意味で。


横須賀では、みんなの「ヨーガライフプランニング」というタイトルで、願望を、文字として書き出す=言葉にすることで、頭の中の整理を試みたのですが、思いのほか、沢山の方が集まって下さり、時間の関係で我ながらちょっと詰めが甘かったので、補足も含めて振り返ります。


さて、当日。

これから小難しい話をするってことがバレないよう、こんなイラストを用意していきました。ふっ・・・。「あ、今日は塗り絵か〜!」とみなを油断させる・・・もとい頭の拒否反応が起こらないよう、脳みそ騙し騙し作戦。



最初に「自分ではないもの」について説明した上で、

願望(③)を書き出していただいた。
次に、何故そう思うのか(②)を、遡って書いていただいた 。
更に、願望を実現する為に、具体的にどんな行動を取ろうか(④)、書いていただいた。

ここで詰めが甘かった点を告白すると、

何故そう思うのかの、そのまた何故そう思うのか(①)を書いてもらう時間がなくなっちゃったことですね。だいぶ駆け足になっちゃった(笑)。駆け足すぎて、皆さんの腑に落ちなかったことと思います。すみませんでした。


①から④まで番号をふってあるんですけど、実は数が大きくなるほど、具体性が強まるんですね。 逆に数が小さくなるほど、属性が減るというか抽象度が増します。

④から①に遡るにつれ、本質に近づいていく、という、そんなチャートだったんです。

だから、ライフプランニングと謳っておきながら、実は④をすれば③が叶うよ、って話ではなくて、③を望むその理由に還って行ってもらいたかったの。

で最後、全てのラインが、一箇所(図の中では女の子の手の中)に集約されるんですけど、その源とは、つまり「私」であり「しあわせ(Ananda)」なんですね。

ということでそういうチャートでした(笑)。

いろんな願望が出てきましたね。

横須賀では

・感情をコントロールしたい。
・イライラするのが嫌だから、心を平静に保ちたい。


といった願望が多かったです。
確かに、心が平静だったら、しあわせを感じやすいでしょうね。

面白かったのは、

・ヨーガをもっと知りたい、死ぬまで勉強したいと、なぜか感じる。
・ようやく長年の子育てを終えて、今、自分のことを知りたいと思う。

これには私も「へえ〜!」と思いましたね。

ヴェーダーンタにおいて、自己の本質は、Sat Cit Ananda という言葉で表されることがあるのですが、本当にCit なんだな〜っ!だからJnana Saktiなんだなあ〜って、感動しました。


そして、

詰めの甘かった点がもう一つ。

あのことをもっとハッキリ伝えておくべきだった。

この授業での私の目的は、感覚的ではない、本質的な幸福感への思考の道筋をつけることだったのですが、横道である落とし穴について、説明が不十分でした。

それは「幸福」と「優越感」は似て非なる別物であるということです。

現代社会の病巣の一つは、まさに、これらの取り違えでしょうね。

優越意識とは、すなわち劣等意識と裏表の関係にあるものです。

「私は、これこれを、こういう風にしたい!」

と思う時、その動機がどこまでいっても「理由ったってわかんないよ」「今、出来ていないからだよ」の堂々巡りの場合、優越感をしあわせだと勘違いしていることを疑ってみます。 それは劣等感の表れであり、劣等感とは「他人との比較、すなわち相対性の中に生きている」ということ。

自らのしあわせが、自らによって明らかである境地のことをヨーガというのです。

しあわせとは、相対的な価値ではない、つまり他人によって証明されるものではありません。

ましては「いいね!」の数とかでは計れませんよ。人間て斯くも無知なものなのです。



例えば、自分以外を理由としてもいいんですよ。

「これが出来たら夫が喜ぶから」でもいいんです。

ただし、更に遡って「なぜかわからないけど夫が喜んだら、私しあわせだから」に、ちゃんと着地すべきなんですよね。

「しあわせ」と「優越感」のすり替わりが起こっている場合には、まずその部分をハッキリさせておく必要があります。その為には、まず他人ばかり見ない。自分をちゃんと見る。ていうか、自分だけをちゃんと見る。そこに優も劣も無いことを理解するまで、ちゃんと。

言うは易しってやつか・・・・でも、きっと出来ます。

女を生きるんでもない。
男を生きるんでもない。
役職を生きるんでもない。
続柄を生きるんでもない。
容姿を生きるんでもない。

私を生きるんです。


今日は、ちょっと、難しい言葉を連ねてしまいましたが、横須賀のワークショップの主旨って、そういうことでした!

また、どこかで、このお話が出来たらいいね。

このあと鎌倉編が続きます!

ばいちゃ!
















2017年8月27日日曜日

共感するお言葉シリーズ ①



今や、田中泯さんという舞踏家をご存知の方は、沢山いらっしゃるのではないでしょうか。

泯さんがお弟子さん達と共に活動する場所(身体気象農場といいました)に、親友が昔入門していまして、蚊取り線香届けついでに、私も少しの間、滞在してお手伝いさせていただいたことがあります。その時に描いた公演の看板が「私は土から生まれた」という演目だったので年表調べてみたら、1996年のことだということが、判明。20世紀だったか・・・。

その田中泯さんが、阿川佐和子さんとテレビで対談していたので、すかさずネットでチェックしましたよ。あれ、泯さんて、こんな方だったっけ?この熟味というか、まろみというか、うーん、20年の月日が経ったんだなあ。


面白い30分でした。いろいろとツボなお言葉あったのだけれども、

「それは喜びですか、悲しみですか?」という問いに対する返答に共感。

「どっちとも言えないですね。僕は、あんまり、歓びとか悲しみとか怒りとか何とかとか、言葉のレベルをビシッと決めたくないんです。嬉しいことと悲しいことの間には、ず~っと、あるじゃないですか。」


いやー、まさに今年、私はこのことを思っていた。

泯さんは、あまりトークが得意なタイプではないんだろうな、という感じがするんだけど、でも、やけにシミジミと伝わりました。

グラデーションなんだよね。

それでさ、子供の時って感情に名前つけなかった。
こういうグラデーション全体の中で生きてたな・・・・って。

カテゴライズを覚えて、やがてカテゴライズ無しに生きるのが不安になるのは、一体ぜんたい何歳からなんだろうね。

「例えば文字文化を持たない人達の踊りはすごい。文字を持ってからの踊りって、どこかで文字の翻訳みたいになっていく。」というようなことを仰っているんだけど、ほんとにそうだよね。

言葉は、考えを整理する為の素晴らしい道具であると同時に、本来無限であるはずの世界を制限する枷にもなるんだ。

花に、星に、思いに、名前を付けるってことは、そういうことだ。

ミイラ取りがミイラ。捉われるよね。



それからカッコよかったのがお金の話。


ダンスビジネスに関係するパフォーマンスは全体の一割みたいな話の時。

阿「でも生活はありますでしょ?」

「死ぬわけじゃないから~(笑)。正直言って金より俺のが偉いです。」

スタッフから笑い声

阿「失礼しました(笑)。」

いや、まじでそうでしょ。

私も思ってるさ。金より私のが偉いです。


聞き手の阿川佐和子も、うまいね。


・・・てことで、共感シリーズ②に続く。

またね



2017年8月9日水曜日

ジーザス・クニヒコ・スーパースター


ジーザス・クライスト・スーパースターを知っておるかな?
70年代のいかしたロックミュージカルじゃ。
ニューヨークのブロードウェイで公演された。

そんなジーザス・クライスト・スーパースターがこの夏、四万十川から唐突に湧いて出たからシータ万蔵はたまげたぞ。


あれ、よく見たらジーザス・クニヒコ・スーパースターだった!


なーんて(笑)。
すみません。高知県四万十市 Natural Life Yoga のKuniさんの華麗なるジャンプでした!

昨年、密かに行ったリトリートを、今年は密かではなく開催してみたのです。

三日間、くにさんと私、そしてカフェTaneのちかちゃんがホストとなり、アーサナして、クリヤーもして、瞑想して、キールタンやって、ヴィーガン料理食べて、海へ山へと繰り出す、0代(というの?)から40代まで、個性豊かなメンバーが集まった「大人の夏休み」でした。

三日間、家族のように共に過ごしましたね。本当に楽しかった。



何気ないおしゃべりのなかで、ジーザス、もといクニさんが言ってた言葉。

「遊びがなかったら、いい仕事は出来ませんよ」

結構、深いお言葉。

決して「酒と浮気」についての男の言い訳みたいな話ではありませんよ。


ブラック企業とか、新たな過労死が問題視されてるご時世。

働き方、働くことの楽しさ、働くことの意味・・・いろんなことが分かり難くて、果ては、生き方、生きることの楽しさ、生きることの意味が分からなくなってしまう。

時間を忘れるくらい、いい遊びが出来たときは、生きる喜びを思い出すよね。

私の好きな言葉は「天真爛漫」。
生まれつきの素直な心が、そのままに輝き顕れることです。

以前は、私の趣味を多分に反映した「修行」系の、きつくて長〜いリトリートをやったりしてたんだけど、ほどなくして考えを改めたんですよね。今、多くの人に必要なことは、自己を律して知識を詰め込む以前に、本当の自分、天真爛漫を取り戻すことなのではないか、と。

そんなわけでタイのリトリートも少し趣向を変えましたし、今回の四万十企画もその流れです。




ジーザスと私、シンクロ選手風に入場。

地上での演舞。

沈下橋は、増水したときに橋が流されないよう欄干を省いた橋です。

シータマン余裕を見せる。「飛ぶわよーん!」


ジーザス「ではまず僕が手本を見せます」


ジーザスが行った!

シータマンがへたり込んだ!


ジーザスとチキンズ(チカと私)、長いこと川を下る。

時々、船から離脱。


ゲストをお迎えしてリトリートの始まり!

ちゃんとアーサナもする。毎日2時間。


制服でトゥース!業務連絡サトーリー待ってます。

サットサンガもする。






猛禽類、水面に急降下。

アンパーンチ!

水族館のような海でピクニック!

西瓜を真剣に見守るのは、小さなあんよの持ち主。

ちかちゃんのカフェ、tane。

恒例の「tane前青春ショット」

また明日から元気に働いて、また必ず会いましょう!

おまけ!女子力向上委員会。

この夏の、この瞬間、私が思っていることは、ちょっとばかり遊びが足りないなってことと、ちょっと休みたいってことかな。

昔は年に一度や二度、日本お一人様旅やってたのにねえ。
いつの間にか忘れてしまってた。

ジーザス・クニヒコ・スーパースターの言葉を胸に、計画してみますかな。
明日の良い仕事のためにね。


つぎはどんな出会いがあるのかな〜。
また来年、四万十川で待ってます!
















2017年8月8日火曜日

スピリット

この夏のウパーサナサンガ大阪編も終わりまして、集ってくれた皆さん、ありがとうございました。

この三か月通しての主題はですね、ひとつの事柄にも複数のリアリティーがあるということでした。このことを理解しておかないと、ヨーガやヴェーダーンタの勉強は勘違いの温床になるからです。

・・・といっても、「このこと」自体を理解するのは、やはり簡単ではないのかも知れないんだけどね。

みなさんが、多岐にわたるワークショップやレクチャーに、いろいろと足を運んで、その結果モヤモヤっとする、その原因は、ここんとこにあるんじゃないでしょうか。

「このこと」に関する自身の理解の欠如、もしくは教える側の理解の欠如、両方があると思います。

先日、ここで書いたマエストロ・ミゲルの歌のレッスンでね、身をもって痛烈に感じたことは、「知的に理解してるのと、知識と一如であることは全く別の話」ということでした。

主体と客体のヨーガ(融合)は、いやはや、「言うは易し」ですよ。

話が逸れた。

多様な次元におけるリアリティーの話。


ここんとこ気になっていた「スピリチュアル」という言葉を例に挙げると、

江原さんがスピリチュアルカウンセラーを名乗ってから日本でもこの言葉が使われるようになった。江原さんがなぜスピリチュアルという言葉をそこに使うかというと、英国のSpiritualist Association of Great Britain でお勉強されたからでしょう。

Spirit-ism、心霊学の協会です。

巷でいうスピリチュアルという言葉は「心霊」にまつわることを指していることがわかります。

Spiritを辞書で調べてみると・・・

①精神、心
②気分、精神状態、快活、元気
③気力、気迫、勇気、熱情、気質、気性、心的態度
④(形容詞を伴って)・・・の人
⑤忠誠心
⑥特質、傾向
真意、意図
⑧霊、霊魂、神霊、精霊、幽霊、亡霊、悪魔、妖精
⑨ a 蒸留酒、火酒、
    b エキス、エッセンス

巷のスピリチュアルは⑧番に対応する言葉です。スークシュマな次元の話。

一方、我々の現場で使われるSpiritの意味は⑦なんですよ。もっと言えば⑨bに出てくるエッセンスという言葉。エッセンスとは「本質」のこと。ストゥーラ、スークシュマ、カーラナの次元の向こうの話です。

生徒の皆さんの理解のために、これらを混同して欲しくないんです。

Spiritualという言葉を翻訳する時に本当に頭が痛い。

Our spiritual pathとかいうセンテンスを「スピリチュアルな道」と訳すのは言語道断。逃げだわ。

精神的な道と書けば、心理的と紛らわしく、仕方ないから霊性という言葉(物質を超える精神性)とか使ってたんだけど、日本語をよく知らない若い人とかは、勘違いするかも知れない。

つまりヨーガ、ヴェーダーンタで「spirit」とは「本質、真理」のことなんだよね。これから全部「本質、真理を求める道」って直すわ。

・・・と、このようにですね、言葉一つとっても色々な次元での意味を持っているでしょ。


複数の次元のリアリティーがある。

リアリティーの奥行きについて理解がなければ、自分の傾向という一方的な立場から、様々な誤解をするでしょう、ということです。

この、相対的な世界において、良心は一つではないんですよ。

いろんな立場の良心がある。

みんながそれぞれの良心と正義を一生懸命に守ろうとしているんだよね。

それぞれの幸せの為に。

だから戦争が起こる。

どっちが悪いとかの話じゃない。

だって、みなが相対的なリアリティーから世界を見るのであれば、それば当然起こって来ることだもん。

この勉強は、相対的なリアリティー=対比の世界の向こうにある、絶対的なリアリティー、万物共通の意識の追究なわけですよ。

たとえ知的な理解だけだとしても、頭の中でシミュレーションが出来る。

「こちらが正しい」「あちらは正しくない」「私は○○については認めない」みたい主張が、どれだけ虚しいことか分かる。

毎年、夏になると、やはり戦争のことを思ってしまいます。

なんかねー、結局、その辺のところが気になる為に、私はこの仕事してる気がするんだな。



人類の思考の望遠鏡。

願わくば、

互いの違っているところ(ウパーディ)に焦点を合わせるのではなく、共通する次元(アートマーの本質)に焦点を合わせられないものか、と。

学術的なこととか、聖典の細かい部分とか、細部に興味もあるし、個人的に知的欲求を満たしたい気持ちもある。だれど、そればっかりに捉われず、みんなに伝えるべき大義がちゃんと伝わるようにしないと・・・。

勉強のための勉強みたいなことにならないように。

みんなが幸せになるにはどうしましょうか、と。

それはともかくとして、この夏も一緒にそんな勉強をしてくれた素敵なみんなに感謝です。東京チームも頑張ってますよ!

ちなみにスピリットの語源は、ラテン語の「息」。プラーナ(息)がブランマンの顕れと言われるのと同じことでしょう。