2010年1月28日木曜日

笑って泣いて生きてヨガとも


Yogini」という雑誌のWebサイトに「笑ってヨガとも」というリレーエッセイがありまして、今日から私が当番です。繋げてくれたのは、Sivananda仲間のGopikaことUkoちゃん、なんと新婚さん。そして私の後は、アシュタンガヨガのSatori君にお願いしました。二人とも大好きです。どちらの記事も要チェックですよ。私の記事も、まあボチボチ見てみてください。

http://www.yogini.jp/friends/

「お前のラーマはどこにいった?」と日々からかわれ、インドではすっかり崖っぷちキャラが定着ている私。時々メールをよこすかと思えば「で、ラーマ見つかったか?」うぬー。花嫁のブーケならぬバトンをしっかりキャッチした私ですが、さあ、あやかれるのかシータ ?!

2010年1月24日日曜日

みんなのQとしーたのA


久々の、こちらQ&Aトークです。今日のトピックは「ヨガとヨガの先生になること」について。東京のSYVCでも毎月TTCの説明会をする計画があるのと、このところ同じような相談を、実にたくさん受けるのとで、タイミングかなって思い掲載する次第。例によって長いですから、スルーしちゃって下さーい。


Q.「ヨガをしたい」という気持ちと「ヨガの指導者になりたい」という気持ちは、相容れない、両立しないものなのでしょうか。

A.答えは、ズバリ、「必ず相容れるとも限りません」。「相容れない前提の上で、絶対に相容れないとも言えない」・・・って感じが適当かも知れない。先生になることによって、自身の修行に重石というか制限がかかってくるってことも実際にありますから、時に歯痒いものです。でも、今は、多くの人が、先生になりたくてヨガをしている時代なのかな・・・?


Q. TTCのことをA先生と話しました。 前は、TTCに行くのが一番いいとおっしゃっていたのに、 なぜか先日は、TTCに行かなくてもかまわない、 自分が一生懸命ヨガをしていれば、自然と人々が集まってくる、と。すでに、指導者を目指したい、だからTTCにも行きたいということは伝えてるんですが・・・。


A.TTCが全てではないですし、ヨガでは何がよくないって、「何かに執着しすぎることがよくないよ」っていう教えなので、A先生はそのあたりの中庸をとろうとしてるんじゃないかしら・・・。でも真意の程は本人に聞いてみないとわからないんですけどね。

 私の場合どうだったかというと・・・、モチベーションが低いっていうか、ぼーっとしていて野望が無いっていうか、そういうタイプなので、ヨガの先生になりたいって欲したことが無いのです。ただ流れに乗っているうちにこうなってしまった訳で・・・あんまり参考にならないですよね・・・。ミュージシャンとか、お嫁さん等になりたかったんだけどな・・・。前にお話ししたかもしれないけど。

 以下がカルマヨガ(ヨガの行動原則)の2大定義です。

 ①行為の結果を欲してはいけない
 ②行為しているという意識を持ってはいけない

 当てはめてみると、先生になるためにヨガをやってはいけない。私ってヨガしてるんです!という意識を持ってはいけない。つまり「ただやる」ってことです。地味に淡々と。これ、案外簡単なようで難しかったりします。


 実際問題、ある人に、天賦の才が備わっている場合、先生になるのにTTCは必要ないともいえます。第一、TTCを出れば自動的に良い先生になれるとも限りません。年齢にかかわらず、人間としての成熟度が必要になりますしね。

 それでもって、ヨガの先生って、見た目以上にシンドイ仕事で、私も最初は、本気で死んじゃうって思いました。なんか、エネルギーが全部外に出つくしちゃう感じだったんですよ。なんとか上手い回し方を得て今に至りますけど、一年くらいでやめていく人が、多いようです。

 ただTTCはとってもプラクティカルで楽しいですから、私はお勧めです。ヨガの生活を思いっきり満喫したい、今後の生き方に役立てたいって思ってくる方も沢山来ます。


 私事になりますが、私がこれまでの人生から教わった最大のことは「欲しいものが手に入るとは限らない」ってことなんですね。ネガティブに聞こえるかも知れないけど、そのことを知ったら(受け容れたら)生きることがとっても楽になりました。そしてロクでも無いと思っていた人生が、実は、全てがうまく転がっていることに気付いた・・・かな。辛かった出来事も、全てが今日というベストの為に用意されていたんだって・・・。

God provides for our need not for greed.

ヨガとは、欲望を超えること、そして時間を超えること。未来でも過去でもない、一瞬一瞬に満足し、楽しむために生まれてきたし、楽しめるってことが一番大事なことですから、あまり思いつめずに、日々を愛してあげて下さい。何かのタイミングが、ふと訪れる日を、密かにワクワクしつつ待つんです。先生になるかならないかは分らないけど、人生は、どんな人生でも「ベスト」なんです。いい先生になれたらいいですね。私はお祈りしています。

シータ


【まとめ】

来年のことをいうと鬼が笑うって、ことかな?あ、違うか?でもまあ、そういうことにして・・・。鬼に笑われるくらいなら、今を笑って暮らそうってことで。
だーれも足を踏み入れない荒野、ただそこで、小さくほころぶ花みたいにね。

2010年1月22日金曜日

部分から全体へ


 とあるWebサイトのリレーブログで、バトンが回ってきました。ぼんやり者のくせに、時々常軌を逸した集中力を発揮する私は、お話が来た瞬間に筆をとり、超速で(・・・恐らく、数人を追い越して)原稿を提出してしまいまして、またも浦島太郎気分に・・・。そいじゃあ、他の人がどんなこと書いてるか、のんびり拝見するか~ってことで、特に自分のお友達以外の人の書いた文章を、以来パラパラと読ませていただいてるわけです。


 その中に、心に残った記事がありました。その方は、ヨガをしないけれど、ヨガにまつわるお仕事をしているのかな?ヨガの先生がお家によく来るんですって。で家族ぐるみで食事なんかしてると、お嬢さんが「私、ヨガ嫌い。だってつまんないもん!」と決まって言うそうです。で、多くの先生達は「あら、じゃあ陰ヨガは?」とか「瞑想は?アシュタンガならどう?」って、いろんな角度から自分の世界=ヨガに引き込もうとトライするんだって。でも「そっかあ、じゃあ○○ちゃんは、何が好きなの?」って聞いてくれる人は殆どいない。『他の人の好きなことにも耳を傾けられるってことが、本当のヨガなんじゃないかなあ・・・』っていうお話でした。



 頭の中が、凝り固まった狭い世界になってるよりも、そのお嬢さんの持つ、別の世界に繋がっていけるのが、本当の自由じゃないかなあってことよね・・・。めちゃめちゃ良いこと言うな~って思いました。それ以前に、理屈抜きに、私、なんだかものすごく、胸がスカッとした。


 行ずる者として、もちろん、処世以外ですべきことはあるのですが、処世のレベルにヨガを持ち込んで行くのが、処世での私達の仕事ですから、高いところから「え、こっちこっち、この狭い世界に来てくださーい!」じゃあいけないのよね。この方の文章を読んで、胸に頬笑みを携えて一日を過ごせそうな、いい気分。うーん、Lovely Storyでした。


 私の拙い原稿については、掲載になったら、こちらでお知らせしますね。皆さんも、スカッと爽やか、良い一日を!

2010年1月14日木曜日

Happy Brand New Year !!

 おくればせながら、新年あけましておめでとうございます。懐かしい再会もあり、新しい出会いもあり、歓びも、悲しみもみな、ひっくるめ、色あざやかに年があけました。すっかりバタバタしてメールのお返事が間に合ってませんが、すぐに追いつきますので宜しくね。ご迷惑おかけしてます。

 +91・・・とかかる着信番号はインドから。元旦の一番乗りコールはインドからでした。まさにあの奈良合宿に出発するその日から、この+91がガンガンかかるようになって、なんなんでしょうかねぇ、こういうのは・・・。ホームシッカーの心を揺さぶります。さて今日も、インドから、恋の相談電話。経験を踏まえてお答えしちゃいますよーって思ったら、そういえば、一度もモテたことが無いんですけど、インドで!これまで延べ一年くらいの滞在ですが、日本人女性としては、どうなのって位のモテなさ。お役に立てずにすみません。

 人気、無くもないと思うんですけどねぇ・・・隙がないのか何なのか、どうやらローカル扱いってことなのかも知れない。見合い婚が主流なインドは婚前恋愛をしない文化ですからね、楽でいい。

 恋をして、胸に秘密が宿ると、影と光が綾を織り、世界の色が繊細に変わる。それはそれは美しいもの。恋愛ってクリエーションの無常を教えてくれる最たるものですからね、この儚さを経験してこそ情緒は育まれるのです。一方、秘密が無きゃ無いで、カーッと照りつける陽に晒された原色のまま、無邪気でいられる。どちらも体験出来たら、人生のカラーはもっと、深みを増すのかも知れませんね。

今回は、モテない理由をプライベートフォトで検証してみましょう。



春の訪れを祝って色粉を投げつけ合うホーリー祭。早朝、人々が動き出す前に・・・と空き巣の如く一人コソコソ歩いていたのに、やられました・・・。町で一、二を争う、早めの被害者うつけ者でした。

大好きな木登りが出来て、意味不明の大はしゃぎ。もちろんピンクが私ですが何か・・・?

TTCの助手をしている時のジャングルトリップ。誰よりもはしゃぐ先生に生徒さん、大ウケ、やや呆れ。もちろん右が私ですが、何か?ゴーグルだの棒切れだの、小学六年生か!

 インド人以上の落ち着きのなさ、爛漫っぷり。こりゃモテませんな・・・。原色過ぎて情緒がない。隙間ありすぎで箸にも棒にも引っ掛からない。しかし、日本でここまで本性を見せると、まず社会で浮きますから、その点においては、(たとえモテなくても)インドは私にとって楽な国ですね。でも、ずっとこのまま、新鮮な気持ちで生きたい。それが私の仕事をする上での、というか人生を通してのポリシーかな。この真新しい年も、生まれ続ける歓びを謳歌したいです。どうぞよろしくお願いします。