2015年6月21日日曜日

「国際ヨーガの日」制定記念式典

・・・へ行ってきました。

ヨーガのスクールや団体にお声がかかっていたようなので、どういうわけで私にメールが来たのかは謎ですが、これもまた宇宙の采配だろうということで、よっちゃんに同伴してもらい参加させていただきました。サリー着たかったんだけど、一人じゃ恥ずかしいってことで(笑)。

久しぶりのインド大使館。昔はここでヴィザ申請してたよ・・・。

インターナショナル・サッティヤ・サイ・オーガナイゼーションの比良竜虎氏のお話の途中で到着しました。会場は満員。

Hiraさんと言えばインド人のお名前。顔もインド人。あとで知るところによると日本に帰化された方だそうです。とても成功してる方。今回の日制定に関するモディ首相の声明を日本語で読まれて、背後のスクリーンには原文が映し出されていました。

その後、沖ヨガの龍村先生、国際ヨガ協会の副会長の岩佐先生、日本ヨーガ学会の田原先生、ヨーガ療法学会の木村先生のご子息が壇上に上がられて、それぞれの団体に功労賞が送られました。

龍村先生は、私の生徒さんが長年師事している先生です。彼女が「龍村先生だいすきー!由美子先生だいすきー!」といつも言っているのでなぜか勝手に親近感。どんどんマイクから離れていってしまう先生がとっても素敵でした。それでも二階の後ろまで声が届きましたもん。マイクなんて関係ないですよ。




その後、サッテャヤサイ教育協会より、その取り組み、方法論、また全国小中学校と高校、大学などでのヨーガ取り入れの例などのお話がありました。ここで私はちょっと背筋が伸びました。

今、ヨーガのメインストリームは、ファッションであり、サービス産業であり、拠り所であり、といったところだと思います。


そもそもファッションでも産業商品でもないし、

更に拠り所になんてなっちゃうと、もっと事態がこじれるんですよ。

ヨーガ=「拠り所」の人、けっこ多いんではないでしょうか。

まあ酒なんかよりはサットヴィックな拠り所ではあるのでしょうけど。




私は、長いものには巻かれない。

同世代のヨーガの先生のなかで同じものをゴールを見ている、と思える同志はそうそう見つからず、一人で突っ走っているはいいんだけど、今年はなんかちょっと疲れていました。昨年のチャリティーを達成した燃尽きもあるのかなあ・・・。孤児院の関連施設にヨガホール寄贈したけど、その背景の思いは利用者にちゃんと伝わってるのかなあ・・・。結局、単なる消費の対象なのかなあ・・・。などなど、まあ私のエゴですわ。


でも、今日のお話を聞いて思い出した。
そもそも私昔から言ってたよね、私にとってヨーガはエデュケーションであると。
伝わってようが無かろうが知ったこっちゃない。
これは私と神様と間の話だ。


現代の教育現場で、抜け落ちてしまっているもの。それはヒューマンヴァリュー教育だと思います。ヨーガは何かと言うとヒューマンヴァリューエデュケーションの基礎の部分です。拠り所がヨーガではなくて自分であることを教えるステップストーン。

じゃあ教える側がどうすればいいかというと、先生たちがきちんと自分を拠り所として居る必要がありますよね。

それはさておき、今日の講演を聞いて、ああ、こういう風にちゃんと世界中で頑張っている人がいるんじゃん。私も私の役目を頑張ろう。っていう風に思えました。




最後にちっちゃい天使たちのにヨーガバレエというテーマで教えてみるよーというデモンストレーションで式典は終了。

先生がとーっても可愛いお声で言うんです。

「サラスヴァティー女神の乗り物、ハムサという白鳥さんは湖に落ちた一滴のミルクの、ミルクの部分だけを飲むことが出来るんです。さあ、みんなも白鳥さんになってミルクを探してみようー!」

こういうことみんなスワミジに教わったよなあ、私もちっちゃい子供か孫みたいなもんだよなあ・・・なんて感慨深く・・・。


参加者全員が数回に分けて駐日インド大使と記念撮影をしました。ちゃっかり大使の横に陣取り。どこかでそのお写真は見れるのかしら。

最後に、今年卒寿を迎えられる田原豊道先生のお話が素敵だったので、そのエッセンスを・・・。

ヨーガは体操ではなく瞑想。
瞑想の出発点は沈黙です。
沈黙の実った果実が平穏。

私たち日本人は
春は太陽
夏は青空
秋は月
冬は大地に礼拝する。

天地自然との対話で大切なのは
賛美と
感謝と
礼拝です。

天地自然が偉大な師でありグルなんです。


よっちゃん、ありがとう!